一日の行程の終盤、のと里山空港(ポケモン・ウィズ・ユー空港)の前で収録した番組パートの記録です。主催のけーたさんがミートアップの趣旨と今日のルートを説明し、志賀町福浦港「民宿 地蔵前」のとしゆきさんが、2024年元日にフランス人ゲストと外で震度7を受けた体験から、復旧と復興の違いまでを語りました。後半は運転を担当した瀬戸さんと、参加したホスト3名が自己紹介と一日の感想を述べています。
今日のミートアップは何のために開かれたのか
てつろー今回も金沢の民泊ホストにして、北陸百万石のリーダー、けーたさんに来ていただいております。今日のミートアップは、どんな趣旨なんでしたっけ。
けーた能登半島地震が2024年の元旦に発生して、それから2年8か月ぐらい経過して、今の現状を民泊ホストさんたちが知って、世界にどう発信していくかということを考えるきっかけになればなと思って、今回こういったミートアップを開催しました。
てつろー今日はどんなルートでこの能登空港に至ったか、軽くレビューしていただけますか。
けーたまず石川県といったら世界でも珍しい千里浜なぎさドライブウェイに行って、日本海を堪能して。そこから志賀町の民宿 地蔵前、お話をしていただいたのがとしゆきさんです。その後に志賀町富来地区の代表的な民泊であるTOGISOにも伺って、オーナーの佐藤さんとオンラインでつながせてもらってお話を聞きました。その後に輪島市に入って、仮設住宅も実際に見たり、海岸沿いをドライブして隆起している場所、まだ土砂崩れしている場所を実際に見ました。
てつろー今日、民宿 地蔵前のとしゆきさんをお呼びしている意図はどのようなものですか。
けーた能登でミートアップを開催するときには必ず参加してくださるんですけど、地震の発災時にどんな対応をしたのか、ゲストさんに対してどんな対応をしたのか、その後に何が起こったのかということをたくさんお話をしてくださっていて。それをもっといろんな人に知っていただきたいと思って、今回またお声をかけさせていただきました。
瓦屋でドローンパイロットでAIクリエイター
としゆき志賀町の福浦港と呼ばれる集落なんですけども、志賀原発の割と近いところで、もともとは民宿で、何年か前からは民泊の方にシフトして、地蔵前という名前をそのまま継いだままやらせてもらってます。中町俊幸と申します。
てつろーお仕事としては、民宿業・民泊業がメインということですか。
としゆき本当に僕はパラレルワーカーで、何とは言えないレベルでいろんなことをやってます。僕自身の本業としては瓦屋さんだったはずなんですが、瓦屋さんって屋根工事の時に点検したいですよね。ドローンパイロットもやってます。ドローンを使って屋根を調査する人間としては、僕は多分日本で一番最初に事業としてやった人間です。コミュニティも運営していて、一般社団法人を持っています。
としゆき最近やたらと周りから注目されるのは、AIクリエイターとしてコンテンツ作りとか音楽を出させてもらっていることで。さっき車でかけたサイバー演歌も、僕が発案したんじゃなくて、東京で活躍されている本当のプロのDJの方が提唱を始めたのが発端なんですけど。
としゆきうちはレンタカーで来られる方が多いんですけど、レンタカーってまだCDプレイヤーがついてるんですよ。途中の音楽に退屈したら嫌だよねというのもあって、AIで作った、判権が完全に僕にある音楽をCDに焼いて、テイクワンフリーということで持っていってもらったりしてますね。
元日16時、フランス人の老夫婦と道路の真ん中で
てつろー早速なんですけれども、2024年1月1日、あの時に何があったか振り返っていただけますか。
としゆきちょうど正月ですよね。フランスからの老夫婦2人の予約が入っていて、4時ちょい前にチェックインされたんですよ。まさに、これから地震が起こる直前です。最初に震度4だか5だかの揺れがあったんですよね。ちょうどゲストハウスのドアを開けた時で、フランス人の方はもちろん地震を経験したことがないので、アースクエイク?と最初に聞かれたんですよ。僕はいつものことだからと思って、いや、ノープロブレムって答えたんですけど。
としゆきその数分後ですよね。本震が来て震度7をマークした、クソでかい地震が来たわけなんですけれども。初めて地震を体験するフランス人の老夫婦と私が外にいたときに、ちょうど車から荷物を運ぶのを手伝うよと言っているときに、喰らいました。
としゆき語弊があるんですけれども、外で地震を受けるっていうのは、目でいろんなものを見ることができるんですよ。音もいろんな方向から、家が軋む音から木が軋む音、もちろんドドドドドっていう轟音。目で見ると、アスファルトでしっかりとした場所のはずなのに、大海原に放り出されたみたいに波打っている状況が見えるんです。ゲストさんと僕とで、道路の真ん中でサーフィンしてるような感じっていうんですかね。立っていられないので、もう中腰になって。
としゆき普通、地震ってちょっと揺れて止まるというのが一般的だと思うんですけど、本当に長かったんですよ。後から聞いたら1分20何秒。1分20何秒の終わりは、誰が予測できるかってことなんですよね。このままずっと揺れ続けて、これ死ぬだろうなとか、いろんなことを考える時間がいっぱいあった。
てつろー1分20何秒、すごいですよね。
としゆき1分20何秒で終わりますって、誰も言ってくれないですから。
ウォーターサーバー12本とポータブル電源
てつろーフランス人の方も、大変だったんじゃないですか。
としゆき大変でしたね。最初にやっぱり言われたのが、自分のことよりも僕らのことをすごく心配してくださって、大丈夫か大丈夫かって言ってくれたんですよね。僕らは全然大丈夫、こんなのいつものことだからって冗談交じりで言ったりして。とにかく心配をかけちゃいけないというのがあって。
としゆき電気と水道はその時点で止まってました。ただ家の中自体は何ともなかったので、家に入ったらどうだと言ったんですが、周りで壊れている家を見ているわけじゃないですか。そうすると、もう怖くて入れないんですよ。余震はいつまでも続きますし、ふとした時に震度4とか当たり前にありましたから。
としゆきお客さんが家に入りたくないと言い出して、日はどんどん暮れて真っ暗になっているし、状況も全く分からない。だったらここで焚き火を始めようって言って、うちはダルマストーブが何台もあるんで、家の前に囲いを作って焚き火が始まるんですよ。
としゆきもちろん水道は出ないんですけど、役立ったなと思ったのがウォーターサーバーで。お正月前だしねって言って12本持っていたんです。だから水は潤沢にあった。それを使い切るまでには必ず給水車とか、ああいうシステムが来るだろうと思っていて。水を使ってカップラーメンを食べようとか、コーヒー入れますよとか、そういうことはできたんで。あとはポータブル電源もありました。
てつろー聞けば聞くほど、震災時に何が必要なのかということが分かりますね。
としゆき結果論なんですけど、ポータブル電源は余裕があるなら持っておいた方がいいと思いました。それと水ですね。
てつろーゲストの方は何日くらいいらしたんですか。
としゆき本当は1月の4日まで、4日間泊まる予定だったんですけれども、次の日になったら、やっぱり帰る方でチャレンジしてみると言い出して。止めるわけにもいかないですし。あとで、金沢まで来たからこれで安全だと思うという連絡があったので、こっちはほっとしました。
としゆき僕自身も自宅は志賀町よりもっと南の白山市なので、女房のことも心配で帰ろうとしたんですけど、帰れなかったです。道路が寸断されて完全にガターっと落ちちゃっていて。七尾の方を回れば、もしかしたら帰れたかもしれないんですけど、そこまでする必要もないかなと。
「眠れさえすればいい」と言われて
てつろー地蔵前の建物自体は無事だったんですか。
としゆき棚の上に置いてあったものが落ちたぐらいで、構造的には何ともなかった。僕は一応建築士なんで、そこは確認しました。とにかく水と電気が出ないから、お客さんの受け入れはダメだろうなと思っていたんですけど、スマホは通じるじゃないですか。Airbnbからも、Googleマップからも、問い合わせの電話がすごくありました。
としゆき地震の直後は、状況把握と情報整理のために現地へ来る方がいるんですよね。うちの場合だと、東京都内のある区の防災担当の方や、内閣府の方とか。その拠点として、入れ替わり立ち替わり来られました。
てつろー震災でいろんな人が見に来たいんだけれども、泊まるところがなかったということですね。
としゆきそうですね。「工事関係者以外来ないで」というようなことがSNSで拡散されていましたので、一般の方はますます動きにくかったと思います。ただNPO法人さんやボランティア団体さんは仕組みを心得ていて、多分それは熊本のおかげだと思うんですけど、流れのテンプレートができているんだろうなという感じはしました。
としゆきうちも条件は言ったんですよ。まだ電気は開通していないし水道も分からない、保存分の水は蓄えているけどお風呂は諦めてください、と。そうしたら向こうは「眠れさえすればいい、あとは全部自分たちが何とかしますので、泊めさせてください」というような言い方をされたので、じゃあぜひぜひという感じでお引き受けした。それを何回もやっていました。
復旧には2種類ある
てつろー能登の復興について、この1年9か月で感じられたことはありますか。
としゆきみんな復興が遅れていると言われますけど、復旧作業というのは今みなさん必死になってやってらっしゃるんですね。その復旧作業自体も実は2種類あって、とにかく通れるように、とにかく使えるようにとやる緊急復旧と、今後地震が来ても今度こそ大丈夫だろうという風にやるための復旧工事と、二種類あることをみなさんが履き違えている。今日も通ってきた中で片側交互通行をやっているのは、緊急復旧ではなくて後者の復旧だったりします。
としゆきそういう違いがあるから、今日明日に終わるわけは到底ないわけだし、ましてやこのところの大雨洪水ですよね。追い打ちをかけるように、自然災害って割と頻繁に起こっているんですわ。一昨年9月の大洪水もそうですし、ついこの間もうちの家の後ろで土砂崩れがしていて、トンネルが通行禁止になっています。
としゆきもともと復旧しても、耐震化とか防災化がされているわけじゃないものが復旧して通れるようになっただけのことなので、完全なものは本当にまだまだ先なのは当たり前なんですよね。だから、そこをご理解いただきたいなと。本当に長丁場なんで、いろんな応援をしていただけたら嬉しいなと思います。
としゆき僕みたいに民泊業・民宿業をされている方にしてみれば、今マイナス状態スタートなわけですよね。お金もたくさん使っちゃったし、それを取り戻すために商売を早く軌道に戻し直して頑張っているところなんで。また自然からの追い打ち攻撃を食らうことを考えると、そんな2年後3年後に終わるわけないだろうというのが本音です。
としゆき今ちょうどポケモン空港の前にいますけど、このポケモンは版権をただで使えるのが3年間のリミットなんです。この3年間の間に、自立できるくらいしっかりとした能登半島ができているかと考えると、さすがに首を縦に振る人はまだまだ少ないだろうなと。カンフル剤が欲しい、応援が欲しい、そういうふうに思っています。
世界農業遺産の島と、重すぎる屋根
としゆきここ能登半島は世界農業遺産に認定されています。多分、一番最初に認定されたうちの一つなんですね。
てつろー世界農業遺産って何ですか。
としゆき自然と共存する生活モデルができていることなんです。人間の生活スタイルが自然と共鳴しているという意味で指定されていて、田んぼをやっている人もいれば、海のことをやっている人もいるし、動物を飼っている人もいる。僕自身も表向きは民泊だとか瓦屋さんだとか言うけど、夏になったら素潜りの材料がありますし、冬になったら海に行って福浦岩のりを採る生業もしています。
としゆき田んぼで採れた稲は、脱穀して農協に持っていって乾燥機にかければ早く製品化できるけど、ほとんどの能登の人は「はざ掛け」といって、田んぼの真ん中に竹を渡して束ねた稲を干す習慣があるんですね。その方が自然に乾いて味が良くなるぞと教えてもらっています。そういう自然と共存する流れがもともと根付いているから、悪い言い方ですけど、能登半島地震についても大雨洪水についても、受け入れるしかないという感覚もかなりあるんだよなというのは、あちこちで感じることなんです。
としゆき僕の自宅は、能登半島地震の18年前の能登地震で稼いだお金で住宅ローンを組んで白山市に建てたんですけど、能登ならではの在来工法とか瓦屋根をやらないで、自分で設計した輸入住宅を建てたんですね。神戸の阪神大震災の時に、建築士として調査をするわけですけど、軸組工法の家はみんな傾いて全壊なのに、あるハウスメーカーが建てていた工法は無傷だったんですよ。同じ時期に同じ場所に建てているのに。それを見た時に、基本はそこだよねというのがまずあって。
としゆき今、古民家をリノベーションして民泊化するという考えがすごく強いんですけど、すごくまずいなと思うのは、もともと古民家は茅葺き屋根とか杉板葺きが当たり前だったんですよね。そこに大発明として粘土瓦が生まれて、みんなこぞって瓦に変えたんですよ。瓦の重さが乗る設計をされていない古い家の上に重たいものを乗せたら、壊れて当然なんです。だから古民家を支援する人の中には、板金の方が10倍軽いから板金で葺いた方がいいよという人もいて、僕もその考えです。
としゆき能登は本当にラッキーなことに、いい粘土質があったから、瓦が割れた、じゃあまた焼けばいいじゃんという地産地消の考えで成り立っていたんですよ。今は県外から買うし、燃料代も高騰していて、買ってくるだけでも結構なお金がかかる。いろんな悪いことが積み上がった状態のところに今回の地震があって、価値が見直されきれていないところで論争やパニックが起こっているのを、僕はずっと見ています。
としゆき熊本が10年でもう一回来ちゃったじゃないですか。今こうやって話しているうちに、東京とか静岡でまたクソでかいのがある可能性もある。これは誰も否定できないし、誰も予言ができないことなんで。やれることは人によって限られていますけど、考えることは誰でもできることだから、みんなでちゃんと考えるようにしていきたいなといつも思っています。
「今行けるのと」を知って驚いた
てつろー僕は東京、出身は埼玉ですけども、いつまでも安全安全と言われて過ごしてきて、今のところ何もないからとなっている。多分、石川にいたときも同じ気持ちだったんですよね。でもこういうのが来て、自分の中の常識が崩されることが起きているから、何か考えていかなくちゃと思うものの、じゃあ何をすればいいのかというハテナはまだ浮かんでいて。
てつろーさっきけーたさんから教えていただいたんですが、能登って2年経って、僕ら能登じゃない人からすると、まだ宿泊施設がどこもやってないんじゃないかと思いがちなんです。ところが実は開いている宿泊施設がたくさんあって来れるんだよというマップを渡されて、正直驚いたんですね。
けーた今、石川県では行政が出している「今行けるのと」というリンクと、今泊まれる宿泊施設というリンクを用意していて、そこから簡単に探せるよというのが発信されています。もちろんAirbnbのリスティングも、その中にたくさん掲載されていると思います。
空港の目の前にある起業支援の住まい
てつろー今日ずっと運転をしてくださった瀬戸さんにも伺います。我々が今いるここは、能登で起業する人を応援するシステムの場所だそうですね。
瀬戸僕は石川県に住みながら、今ここ能登空港の目の前にある居住スペースに住まわせてもらって、2拠点生活をしています。石川県が整備してくれた施設で、20部屋で20人が利用できるんですけれども、石川県内外を問わず能登のエリアで何か新しいことをしたい、起業したいという方、学生さんも含めて利用できる、県が提供している居住スペースです。
瀬戸この被災地では、一人が住めるちょうどいいサイズのアパートや家が皆無なんですよね。じゃあ宿に泊まればいいじゃんと言っても、宿泊施設も十二分に確保されていない状況なので、新しい活動をしようとする方々の足枷になるんです。僕は5月から入居させてもらっているんですけど、4月に輪島の方で事務所を開設したところだったので、その時はずっと事務所で寝泊まりして、お風呂に入れなかったりというのが続いていました。
瀬戸同じ石川県内で近いんじゃないと言われても、片道2時間3時間かかってしまうところなので。一泊して2日フルでこっちで活動しようというのができるようになって、かなり楽ですよね。
参加したホストたちの一日
参加者2年前はちょうど能登の震災の直後で、金沢にたくさん住めるところを探して、能登から金沢への大移動が始まっている時期でした。自分の施設をそういうご家族に開放して利用していただくという活動をしたんですけれども、能登の奥の方まで来たのは今回が何年かぶりで。まだこの状態なのというよりも、リアルで1日1日、震災の時から生活が続いているということを目の当たりにして。誰でもいいから発信し続けることってすごく意味があるんだなというのを、改めて感じました。
明金沢の郊外と石川県加賀の方で一棟貸しの民泊をしてます、明といいます。今回急遽この会に参加させていただいて、本当にすごい刺激がありました。震災後に一回は来させてもらったんですけど、珠洲の方にちょこっと来ただけで。今回ぐるっと車で回らせていただいて、まだまだ復興が追いついていない、観光もまだまだ戻ってきていないというのが現状だと。同じ石川県内で金沢に住みながら、全然まだまだ自分は能登の震災のことを知らなかったなという、半分反省みたいな思いにもなりました。これをきっかけに、自分からも発信できるように心がけたいなと思います。
葉子石川県の白山市で宿泊ホストをしております。金沢市よりも福井側に30分ほど行ったところで、宿は去年の年末から始めたもので、震災時は宿の経営はしておりませんでした。震災時は建築の仕事をしているもので、当初から液状化で傾いた家とか、全壊半壊した家は結構見に行っていました。私も崖から車で落ちそうになったことがあったりして。去年ぐらいからずいぶん戻ってきたなと思っていたんですけど、今日、自分が普段走らない道を一緒にドライブさせていただくと、まだまだ復興できていないエリアも多いなと思いながら参加させていただきました。
葉子あとポケモンをすごく前面に押し出してらっしゃって、千枚田でも面白い写真が撮れたり、軍艦島と通称言われている島も、地震で崩れてしまってはいるんですがフォトスポットになったりしていて。宿泊されるゲストさんにもいろいろご紹介できるかなと思いました。
ポケモンで4.5倍、その先へ
てつろー能登は今ポケモンとタイアップをやっていて、アメリカの方が能登の空港にポケモンを撮影しに来て、そのまま泊まるところがないととしゆきさんに言ったという話もありましたね。
けーたポケモン・ウィズ・ユー財団が能登の復興支援に入ってくださっていて、能登のあちこちにポケふたができたり、ポケモンと写真が撮れる観光地のフォトスポットができたりしています。実際にのと里山空港ものと里山ポケモン・ウィズ・ユー空港になって、期間限定なんですけど、1か月の間に例年の4.5倍の来場者数があったということで、結構盛り上がってきているなというのは感じています。
けーたただ、その中でやっぱり泊まれるところがもっとあればいいんじゃないかなと。それが今後につながっていくし、宿泊エリアの近くの飲食店やお土産屋さん、いろんな商店もそれに合わせて盛り上がっていけるんじゃないかなと思っています。今ある宿泊施設をみなさん見つけて、ぜひ泊まりに来てほしいですね。
ユウキ僕ら県外の人間からすると、ニュースで見ている情報じゃ全然物足りない。実際に起きていることは、持っているイメージの数百倍激しいものなんだなと、実際に見て思いましたね。
ユウキ東京に住んでると、物事は全てクールに進んでいくんですよ。でもね、熱い。今日インタビューさせていただいた佐藤さんも、としゆきさんも、みんな熱い。だって今日、哲郎さんは何回か涙ぐんでました。
てつろー最後に、けーたさんから全国の民泊ホストのリスナーに伝えたいことがあれば。
けーたもうすぐ地震から3年になりますけど、能登は頑張っています。これからまた美味しいシーフードの季節なので、冬にぜひ来てほしいです。シーフードが苦手な方も、能登牛や能登豚という美味しいお肉もありますし、工芸品も大自然もたくさんあって、楽しめるコンテンツはたくさんあると思います。ぜひぜひいらっしゃってください。一回体験してください。